マイコイマ。
逆さに よんでも マイコイマ
陸前高田のこと
ようやく、少しだけ、陸前高田に行った日のことが、落ち着いて振り返れるようになってきました。
『GW四日間、岩手の陸前高田に行ってきた。
一緒に行ったメンバーが最高に素晴らしくて、かけがえのない旅になった。
なにもなかった。元からそうであったかのように。
今、生きている人たちは、隣で人が死んでしまうのをみている。
ハサミで切り取ったような津波の跡。
まだまだ一年。』
5月8日にTwitterで呟いたもの。
テレビで観たまんまの景色でした。
それがね、360度なんです。
等身大なんです。
あの中に立っているんです。
あまりのことに、なにも感じられない時間が続きました。
普通のことのような。
もっと、ガツンとショックを受けるのかと思っていました。
それで、3日目くらいにようやく、普通じゃないことに気がついて。
悲しみだとかやるせなさだとか、そういうことに近いけれど、言葉にならない気持ちになりました。
このころ、一度だけTwitterで、呟きました。
『陸前高田3日目。やっと土地の気配に馴染んできて、普通の心の状態で受け取れるようになってきた。
それにしても同行しているメンバーも出会う地元の方も、素晴らしい心映えの方々ばかり。
様々な立ち居振る舞いが本当に素晴らしくて、心が洗われる。
こちらは、何もかも、まだ、真っ新です。』
今回、行ってみて、まだたった一度なのだけど、もう私にとって陸前高田のことが他人事ではなくなってしまいました。
これまでだって、とても心が痛かったけれど、それでも「どこか別の場所のこと」だと思っていたんだな、ということに気がつきました。
被災地の写真、見え方が全く変わりました。
それから、毎日考えることはしなくなったけれど、心を寄せてくれる人がたくさんたくさんいてくれることもわかりました。
あと、ボランティアなどで行かれる方をスゴイとは思っていたけど、生半可な気持ちじゃ行けないことがわかりました。
時間もお金も心も想像していた3倍くらい使います。
これからは、もっともっとそういう活動をしている人を応援したいと思ったし、自分でできることは、どんどん参加したいと思いました。
他にも、あちらの方のお話だとかもっともっと言葉にしたい気持ちもあるけれど、これ以上言葉にすると、もうこの旅を文章でしか思い出せなくなってしまいそうなので、今はこのくらいにしておきます。
『GW四日間、岩手の陸前高田に行ってきた。
一緒に行ったメンバーが最高に素晴らしくて、かけがえのない旅になった。
なにもなかった。元からそうであったかのように。
今、生きている人たちは、隣で人が死んでしまうのをみている。
ハサミで切り取ったような津波の跡。
まだまだ一年。』
5月8日にTwitterで呟いたもの。
テレビで観たまんまの景色でした。
それがね、360度なんです。
等身大なんです。
あの中に立っているんです。
あまりのことに、なにも感じられない時間が続きました。
普通のことのような。
もっと、ガツンとショックを受けるのかと思っていました。
それで、3日目くらいにようやく、普通じゃないことに気がついて。
悲しみだとかやるせなさだとか、そういうことに近いけれど、言葉にならない気持ちになりました。
このころ、一度だけTwitterで、呟きました。
『陸前高田3日目。やっと土地の気配に馴染んできて、普通の心の状態で受け取れるようになってきた。
それにしても同行しているメンバーも出会う地元の方も、素晴らしい心映えの方々ばかり。
様々な立ち居振る舞いが本当に素晴らしくて、心が洗われる。
こちらは、何もかも、まだ、真っ新です。』
今回、行ってみて、まだたった一度なのだけど、もう私にとって陸前高田のことが他人事ではなくなってしまいました。
これまでだって、とても心が痛かったけれど、それでも「どこか別の場所のこと」だと思っていたんだな、ということに気がつきました。
被災地の写真、見え方が全く変わりました。
それから、毎日考えることはしなくなったけれど、心を寄せてくれる人がたくさんたくさんいてくれることもわかりました。
あと、ボランティアなどで行かれる方をスゴイとは思っていたけど、生半可な気持ちじゃ行けないことがわかりました。
時間もお金も心も想像していた3倍くらい使います。
これからは、もっともっとそういう活動をしている人を応援したいと思ったし、自分でできることは、どんどん参加したいと思いました。
他にも、あちらの方のお話だとかもっともっと言葉にしたい気持ちもあるけれど、これ以上言葉にすると、もうこの旅を文章でしか思い出せなくなってしまいそうなので、今はこのくらいにしておきます。
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